赤色の顔料「ベンガラ」(弁柄)をご存じだろうか?
「ベンガラ」とは、土中の鉄が酸化した『酸化第二鉄』を主成分とする顔料で、
染料だけでなく、食料や化粧品の材料、古くはレンズなどの研磨剤などに使用されていた。
インドのベンガル地方で良質のものが取れたことから「ベンガラ」という
色名がついたそうだ。
高梁の中心部からだいぶ走った山の中に突然現れるのが、
江戸時代末期から明治にかけてベンガラの国内屈指の産地として名を馳せた
「吹屋(ふるさと村)」(国指定重要伝統的建造物群保存地区)だ。
赤銅色の石州瓦とベンガラ漆喰の外観で統一された風情豊かな街並みは
往時のベンガラ長者達の豊かな暮らしぶりを今に伝える貴重な文化遺産だ。
そのような山奥に“ジャパンレッド”発祥の地が???という訳で、
今回、興味津々で足を伸ばしてみることにした

↓のポスターの街並み風景はドローン撮影だそう(地元の方情報)。
宝暦9年(1759年)の創業以来、220年余りにわたってベンガラ製造と販売を手がけた
片山一門の総本家。立派な座敷、通り土間に面した店の間、2階建ての母屋、
ベンガラ製造の作業場など、ベンガラ窯元としての繁栄ぶりを今に伝えている。
○郷土館
明治12年(1879年)、宮大工によって建てられた2階建て入母屋造りの屋敷。
片山家の分家にあたるベンガラ工場支配人の邸宅で、当時の最高級の建築材が
使われている。
↓の「からくり戸」がすごい!!
戸袋から引き出された雨戸が、一本の敷居のみで坪庭の四方をぐるりと開閉する(驚)。
ベンガラで財を成した吹屋の豪商たちは遠く京都などから名高い大工や建具職人などを招いて
屋敷の至る所に贅沢な意匠を施したのだそうだ。
○旧吹屋小学校
日本最古級の木造校舎と言われる「旧吹屋小学校」。
吹屋の豪商たちがお金を出し合って、村の予算の数十倍にあたる
擬洋風建築の立派な建物を建てさせたそうだ。
レトロ感あふれる木造校舎が郷愁をそそる。


この後、紅葉狩りや

ついでに椎茸干しなども眺めて
次の目的地の倉敷へ。・・
訪れてみたかった「映画 八つ墓村」のロケ地に使用された「広兼邸」は無念の時間切れ
(公開は16時まで)。
「もんげ焼き」って何だろう?と思いながら
(気になったので追記:「南風」というお店のオリジナルメニューで、山盛りキャベツの旨味を
バリバリのそばで封じ込めた今までにない食感のお料理とのこと。外はカリッ!中はフワッ!
だそう・・・)

山間部のクネクネ道を駆け下り、高梁川と伯備線沿いにR180を辿りながら、
総社市を抜けて倉敷へと向かったのだった。

朝早かったので睡魔との闘いだったが、FMラジオの「夕方の西の空が今日はとてもキレイです!!」という声に励まされながら、何とか持ちこたえた次第。。。
こんなキレイな夕陽、たしかに普段はなかなかお目にかかれないし。。。
おつかれさまでした!!