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美味しかったもの、楽しかったこと、旅の思い出などを徒然にご紹介します。


by forestkoro1015
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写真集「MINAMATA」を世に出すことで、水俣病の存在を世界に知らしめた
写真家ユージン・スミス
妻のアイリーン・美緒子・スミスさんと3年間水俣に移り住み、患者と家族の日常、
そして、メチル水銀を流し続けたチッソと彼らのたたかいを通して
水俣病と水俣に生きる人々を撮り続けた。


この「MINAMATA」は、1970年代初頭の水俣を撮ったユージン・スミス役に
環境問題に関心の高いジョニー・デップを配し、
患者の怒りと苦しみに迫った社会派の話題作だ。


チッソが工場からメチル水銀を流しはじめたのは1930年代。
当初、原因不明の奇病とされた水俣病が公式確認されたのは56年。
ようやく政府が原因を認め公害病と認定したのはそれから12年後のことだったという。
それまで大量の水銀が不知火海に排出され続け、被害を広げ続けた。。。




石牟礼道子氏の「苦海浄土」を読んで、そのすさまじいまでの被害状況に絶句したのは
たしか中学生の時のことだったと記憶している。
水俣病は脳の神経が壊される公害病だ。
不知火湾周辺に暮らす漁師とその家族たちは美しい海で獲れる魚を日常的に食べて
生活している。
チッソ水俣工場の工場排水に含まれたメチル水銀は不知火湾に垂れ流され続け、
食物連鎖で魚や貝にたまり、それを食べ続ける人々を蝕んでいく。。。
一度被害を受けると完全に治す方法はないという。


原因不明の奇病と言われ、かかった人たちは触れると伝染すると蔑まれ、差別に苦しんだ。
何よりも汚染された魚を食べた母親から産まれた子供たちが、母親の胎盤から水銀を吸収し
水俣病を発症して産まれてきたり、産まれてすぐに発症したりケースも少なくなかった。


モンテネグロやセルビアで撮影されたこの作品にはノンフィクションではな部分も含まれているらしいし、
ユージン自身が酒浸りのアル中に見えなくもない。
が、それは彼が沖縄で取材中に日本軍の砲弾の破片を受けて体に破片が残り(45年)、
その後遺症の痛みを和らげるためでもあったらしい。


「水俣病」について、どういうわけか最近はあまり話を聞くことはなくなっていたのが、
この映画が気づかせてくれたのは、今もなお苦しみ続けている人々がいるという事実だ。


現在の「水俣病認定申請状況」は、延べ2万8114人。
そのうち認定されたのは「2,283人」。
棄却が「1万7,442人」。
結果待ちが「1,414人」。
熊本県と鹿児島県による(2021年8月末現在)



ユージンを演じたジョニー・デップは、改めて水俣病に光をあてることで
世界各地で起きている環境汚染に注目してほしいと述べている。


実際、見事なまでにジョニー・デップにユージンが降臨していた。



折しも、朝日新聞でユージンの「入浴する智子と母」の特集記事が組まれていたが(211016・朝刊)、
バチカンの「ピエタ像」と並び称されるほどに尊くて美しい写真だ(作品内の使われ方も絶妙)。
なんでこの日?と思ったら、1978年10月15日こそが、ユージンが59歳で亡くなった日なのだそうだ。
ちなみに10月15日は私の誕生日でもある。。。
もう一つ、付け加えるとするなら、山口百恵が引退した日だ。



※ユージンの「MINAMATA」に関して





今、観るべき作品。☆4.5。


「MINAMATA」@TOHOシネマズ立川立飛_d0352022_18404677.jpg

# by forestkoro1015 | 2021-10-19 18:41 | 映画作品 | Trackback | Comments(0)